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東京家庭裁判所 昭和47年(家)5851号 審判 1973年5月14日

申立人 萩ゆき子(仮名) 昭四七・四・一一生

右法定代理人親権者 橋本弘(仮名)

主文

申立人の氏「萩」を父の氏である「橋本」に変更することを許可する。

理由

一  本件関係戸籍謄本、振込金受取書、ならびに、橋本弘および橋本照子に対する各審問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人の父橋本弘は○○放送○○支局に勤務する者であるところ、昭和三三年三月四日、橋本照子と婚姻し一男一女をもうけたが、昭和四四年九月以来別居し、その頃から申立人の母萩安恵と同棲生活に入つた。昭和四七年四月一一日、同女は申立人を出産し、同月二四日、橋本弘が申立人を認知すると共に、同女と協議の上自ら申立人の親権者となつて今日まで同女と協同して申立人を監護養育している。

(2)  橋本弘は妻照子との別居後、札幌家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立て照子との間で離婚の話し合いをしたが同女の同意を得られず、結局別居期間中の妻子の生活費中月額四五、〇〇〇円を同人が負担することで双方合意した。以来同人は毎月五〇、〇〇〇円を銀行振込により送金してこれを履行している。

(3)  橋本弘の妻照子は本件申立後申立人の出生を知つて衝撃を受け夫弘が法定代理人として申し立てた本件子の氏変更に対し同意できない旨を当裁判所に陳述している。

二  ところで民法七九一条に基づく子の氏の変更許可の審判については、規定の上では格別の要件は明示されていないが、本条が設けられた趣旨に照らすと、その氏の変更が子の福祉を図るうえで必要又は有益であることを要すると解される。問題はそれのみで足るか否かである。特に未成年の子は改氏により、わが戸籍法上当然に改氏された後の氏を称する父又は母と同一の戸籍に入ることになるから、既に当該戸籍に記載のある者の利益を害する虞があることを理由に、改氏につきその者の同意を要するという見解があるのである。しかしながら当裁判所は同意を絶対的要件視する見解はとり得ないと考える。何故なら、民法七九〇条二項は、非嫡出子は母の氏を称すると定めるからその母が婚姻中である場合は夫が反対しているか否かにかかわらず当然母の婚姻戸籍に記載され、その子につき独立した戸籍は編製されることはないし、仮に子の父が認知してもそのことのみでは父の戸籍に入ることはないという取扱いが戸籍法上とられているのであつて、このことからすれば、同一戸籍に記載ある者の意思如何によつて入籍したりしなかつたりすることは本来の建前ではないと解せられるからである。

尤もこのことは同一戸籍者の意思を無視すべきであるとか、してもよいということを意味しない。それらの者が婚外子の改氏および自己らと同一戸籍に記載されることに反対する場合において、それが社会生活上の具体的実質的な不利益に裏付けされて主張されている限りでは、その不利益と改氏による婚外子の福祉上の利益とを比較衡量すべきであり、同一戸籍者の不利益がより大きいと認められる場合にはそれらの者を保護するため、改氏の申立を不許可とすることがあつても止むを得ないと考える。

三  以上の観点から本件をみるに、申立人は橋本弘の非嫡出子であるところ、父母協議で父たる橋本弘が親権者と定められ、出生以来父と同居しその監護養育を受けているが、同人は私生活においてその妻との間で重大な問題を抱えているとはいえ、社会生活面では有能な職業人として信任を受け活動しており経済的能力もあるので、申立人の氏を父のそれに改めることは申立人の福祉を増進する上で必要か少くとも有益であると思われる。

他方申立人の父の妻である橋本照子は本件改氏に反対しているが、それは同女が一人養育に当つている二児(長男三智男一五歳、長女さとみ六歳)が、父の他にもうけた子、つまり申立人の存在を知つて自棄的行動に走る危険があり、そうなれば養育上障害が生じ、ひいては自己の生活がおびやかされるであろうことを理由とするものであつて、その動機は充分うなずけるところである。ただ申立人の存在自体は戸籍上認知の届出がすんでいるので、改氏のあるなしにかかわらず遠からず二児にも知られることは疑いなく(橋本弘の審問結果によれば少くも長男はこれを知つているふしが窺われなくはない。)、三年半余に及ぶ別居生活中橋本弘と上記児らとの接触交流が断たれているわけではないので、同人の努力により妻照子の主張する不利益が軽減されることは期待できる。そうすると本件は申立人の福祉上の配慮を優先するのが相当な事案と考えられるので、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 田中宏)

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